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【LORC】包摂的発展研究ユニットの研究会が開催されました

2024.02.27

 包摂的発展研究ユニットでは、東京都立大学の伊藤喜彦先生をお招きし、《スペインの(セミ)パブリック・スペース -現代都市に生きる歴史的空間における日常と祝祭、包摂と排除-》のテーマでご講演いただきました。

日時:2024年 2月2日(金)16:30-
場所:龍谷大学深草キャンパス和顔館4階会議室2
講師:伊藤喜彦(東京都立大学都市環境科学研究科建築学域・准教授)

○はじめに
 日本における公共空間は、都市公園の○○パーク化、滞留できない街路、子供の声に苦情が来る等をはじめとして、社会的には必ずしも公共的ではないと言います。一方で「公」と「私」の境界が曖昧であり、路地など人が入り込める土地が多い、翻って治安が良いことに特徴があります。また、「公開空地制度」をはじめとして私有空間に一定の公共性が期待されるケースが日本における公共空間の特徴であると言います。
 スペインでは、都市広場、都市公園に滞留できますが、私有地は物理的・社会的な境界によって閉ざされており、公共空間の民間商業利用の考え方が日本とは異なります。しかし、街を家の延長として用いる感覚は日本との共通点も見出せます。
 このような対置を踏まえて、現代までのスペインにおける「広場」と「(セミ)パブリックスペース」の歴史展開をご報告いただきました。

○近代までのスペイン広場と(セミ)パブリックスペースの歴史
 がらんどうだったスペースに徐々に都市の機能が付与され、アゴラという都市広場ができました。古代ローマが地中海の覇権を握った後は、PompeiiのForumに代表される、為政者が広場にするとした、商業的な機能も集約されたトップダウン的な広場が形成されました。バルセロナでは、サン・ジャウマ広場が政治の中心になり、古代ローマの物理的な構成が現在まで引き継がれています。
 中世イスラーム都市はこれらのキリスト教都市より公共性の成立が早く、水を市民に提供する場所兼宗教施設のような、世俗の公共性を担保された建築が多く見られると言います。こんにちの欧州的広場ではないものの、一部が外部と接続しつつ、またある一部で内部空間として機能する、マディーナアッザフラーに代表される空間が誕生しました。一方、中世ヨーロッパの広場は、都市文化を発揚させるモニュメンタルな広場として整備されていきました。都市域の拡大に伴って市街が城壁の内側に取り込まれた市場広場に、中世ヨーロッパの広場の特徴が見出せます。
 スペインでは15世紀以降にモニュメンタルな広場整備が活発化し、メディーナ・デル・カンポ、マドリッド、サラマンカなどの都市で、行政、経済、司法、儀礼、祝祭の中心になりつつも、ハレとケの両方の場で多目的に使われていきました。
 その後バルセロナでは、北部ヨーロッパに遅れて近代都市化していき、旧市街の外側に新市街が、郊外にニュータウンが形成されていきました。セルダ・グリッドの新市街都市計画にはコロニアグエルなどの広場が、稠密な旧市街はデサモルティサシオン(永代所有の土地等財産の解体令)され、レイアール広場などが組み込まれていきました。

○現代のスペイン都市の広場
 現代都市に残された歴史的空間は、ソフトの変化に合わせて建築空間としてのハードが更新され続けています。
 CAIXA FORUM MADRIDは20世紀初頭の発電所を、ファサードを残して複合センターとして界隈のカルチャーの拠点に再生しました。同じくマドリッドのCENTRO CULTURAL MATADEROは、旧屠殺場でありながら、現在は大規模な文化総合施設に再生されています。また、MADRID RIOと呼ばれるM30ハイウェイの地下化プロジェクトでは、高速道路を地下埋設し、その上部空間を大規模なプロムナードとして公共空間を創出、整備しました。

 あらかじめ広場として設計されたものではない都市空間および都市構造に対して広場的性格づけを行う空間操作や、レストランの前面道路など商業空間と公共空間の中間領域を時宜に応じて変化させる利用方法など、さまざまな公共空間創出の事例を共有していただきました。